悪徳公務員は 実名・実録で その名・様相を後世まで残しましょう(2)

(その 2 入江憲彦が 土井隆 を訴えた裁判、 

 マスコミは証人尋問の取材を黙殺しました。)

 「警察正常化協議会」 (警正協 けいせいきょう KSK)  95-2

 

この記事は 

  悪徳公務員は 実名・実録で その名・様相を後世まで残しましょう

    「警察正常化協議会」 (警正協 けいせいきょう KSK)  95-1

の続きです。

それでは本文をどうぞ・・・

 

現職の長崎県警浦上警察署長から受けた「侮辱」に対し 損害賠償裁判を提起。 いよいよ「被告の現職警察署長 土井隆 氏」に対する証人尋問を迎え 報道各社に取材要請をしておいたところ 「幹事社(毎日新聞長崎支局)が取材要請の文書を配布していなかった」ことが判明。

 

私・大河原宗平も、配布依頼した当事者元長崎県警警部補入江憲彦氏も「意図的に配らなかったのではないか?と疑いたくなる事件でした。

当事者である元長崎県警警部補入江憲彦氏の怒りの心中をお察しください・・・

 

なお この証人尋問は 当初 10月5日に行われる予定でしたが 11月1日に延期されたようです。お断り申し上げます。

 

=先ず 当事者である「入江憲彦氏」のお怒りを

お伝えします。=

 

 

別紙 1

被告浦上警察署長土井隆の証人尋問予定を警察記者クラブ幹事社が各社に通知しなかった経緯

 

平成28年

私は別添10月27日付「けん銃突きつけえん罪事件捏造警察幹部土井隆の証人尋問予定についてお知らせ」を作成し同日直接毎日新聞長崎支局に届け警察記者クラブ幹事社として新聞テレビ全社に通知するよう依頼していた。

 

担当記者は了解していた。

11月1日午後3時30分から午後4時30分まで1時間にわたり長崎簡易裁判所1号法廷で被告土井の証人尋問及び原告本人である私の本人尋間が行われた。私は支援者らと出廷したが傍聴席に記者がひとりもいなかった。

 

 裁判終了後私は傍聴すると言っていた某社の記者に電話し警察署長が被告で証人尋間を受けるという前代未間の裁判を何故傍聴しないのか問うた。

 

 その記者は「 え―。」と驚き幹事社から裁判予定の書類が来ていなかった旨返答した。

 

 私は幹事社毎日新聞の担当記者に電話を入れ「貴殿は私に全社に配ったと言ったのに配っていなかったではないか。」と問い詰めたところ その記者は「大阪に出張したので後輩に裁判の予定を配るよう託していました。」と返答した。

 

 その記者は私に陳謝し裁判が終わってしまってから慌てて土井の証人尋間のお知らせを報道各社に配布した次第です。  (絶句)

 

=報道各社に配布を依頼した文書は これです。=

報道各位 様

平成28年10月27日

長崎市新中川町11番22号

元長崎県警部補(えん罪被害者)入江憲彦

 

けん銃突きつけえん罪事件捏造警察幹部土井隆の証人尋問予定についてお知らせ

 

延期されておりました浦上警察署長土井隆を被告とする損害賠償請求訴訟における被告の尋問は 下記のとおり実施される予定です。

日  時 平成28年11月1日(火曜日)15:30~

場  所 長崎簡易裁判所 1号法廷(2F)

被尋問者 浦上警察署長 土井 隆

 

参考資料

  警察庁・長崎県公安委員会に対する要望書 1通

  陳述書                 1通

 

 

=添付の「警察庁・長崎県公安委員会に宛てた要望書」と「陳述書」はこちらです=

平成28 8 6

警察庁監察課    御中

長崎県公安委員会  御中

 

 

長崎市新中川町11番22号

元長崎県警部補入江憲彦

 

長崎県警による人権侵害について

私は昭和46年4月から平成18年2月まで約35年間長崎県警の警察官でした。実父と妻の父親も長崎県警の警察官でした。

昭和55年警察庁主宰の外国語専科韓国語上級課程を卒業後は専ら外事畑で過ごし平成3年警部補に任官後は厳原署 大浦署 長崎署 佐世保署の外事係長をつとめました。

 

 ところが 平成12年佐世保署外事係長に異動後長崎県警による人権侵害が起こりました。

警察幹部によるパワハラや人事の嫌がらせ等いろいろありますが 到底納得出来ない二つの処分があります。  

1回目は 佐世保署外事係長から留置係長に署内異動後 平成14年3月 ,「留置されていた女性被疑者に交際を迫った。」と有りもしない事柄で減給100分の10 4ケ月の懲戒処分を受け 有川署 (現新上五島署)奈良尾交番所長に異動となりました。

 

その処分をする際は 監察課の川田警視と岡警部ら3名で私を2日間軟禁し「言うとおり始末書を書かないと逮捕するぞ。」と 脅迫

 

川田警視が準備していた事実無根の始末書の下書きをそのまま私に書かせそれを理由に減給処分したのです。

2回目は奈良尾交番所長から大浦署高島警察官駐在所長に異動後平成18年1月「平成18年1月17日,駐在所内で黒田新吾に実弾入りのけん銃を突きつけた。

笹崎恒敏にけん銃と実弾を見せつけた。」とするこれまた有りもしない犯罪事実で銃刀法違反 特別公務員暴行陵虐として逮捕され それを理由に同年2月,懲戒免職されました。

 私は1回目の不当処分についてはじつと我慢していましたが 2回目の無実の罪での不当逮捕 全国報道 懲戒免職に対しては 警察が架空事件を捏造して私の人生を破壊し 子供の進路を妨げ家族を苦しめた行為に対抗し 平成21年からえん罪に関与した警察関係者及び県と国 (警察)を被告とする国家賠償請求訴訟を計4回反復実施してきました。

 その一方で自白強要一辺倒のでたらめな取調べをした横山刑事 上記黒田新吾及び笹崎恒敏を虚偽告訴罪等で長崎地検に刑事告訴し 受理されました。

 要するに 私が逮捕された事件は被疑者と被害者があべこべなのです。

 長崎地検は同告訴事件を不起訴としましたが 平成23年1月長崎検察審査会は不起訴不当を議決し大きく報道もされました。

 しかし 長崎県警は無実の私を逮捕 懲戒免職しているため 検察審査会の再捜査すべしとの議決の事実にだんまりを決め込み 私が長崎県警を監督する九州管区警察局に再捜査を要望しても何ら対応せず 不作為の姿勢を続けるばかりです。

 

私が逮捕され懲戒免職の理由とされたけん銃突きつけのえん罪は 明らかに警察の不当捜査 乃至は誤捜査に因るもので責任は警察がとるべきです。

 虚偽告訴された被害者であり不当処分を受けた私の方から今更長崎県警に懇願して再捜査を求めるべき性質の事案ではありません。

 また黒田新吾らによる虚偽告訴事件は 警察の不作為のため公訴の時効にかかってしまいましたが 警察から無実の罪で人生を壊され名誉を害された私としては公訴の時効など関係ありません。

きちんと再捜査し責任をとってもらいたいと考えています。

 警察庁監察課と長崎県公安委員会におかれましては 以上の事実関係を踏まえ民主国家の警察 公安委員会として厳正に管理監督し長崎県警を正常化していただくよう要望します。

 なお 私をけん銃突きつけのえん罪で逮捕した土井浦上警察署長 (当時長崎県警察本部刑事部刑事総務課課長補佐)については民事訴訟の被告 私を原告として長崎簡易裁判所で係争中であるので参考まで関係資料を添付します。

以上

 

 

 

陳 述 書

甲第18号証

成28年10月25日

長崎簡易裁判所A  御中

原告

 

私は平成18年1月被告で浦上警察署長の土井隆から「黒田新吾に米国製のけん銃エアーウエイトを突きつけた。」とする有りもしない犯罪事実を握造されて逮捕されました。逮捕後真実を告げて黒田新吾らを虚偽告訴罪で訴えたのに被害届をもみ消され強引に起訴されて起訴を理由に警察から懲戒免職されました。私はやつてもいない罪で暴力警官として全国報道され168日間勾留され前科者にされ警察からひどい人権侵害を受けたままです。私は警察がこのような有様なので黒田新吾らを虚偽告訴罪で長崎地検に刑事告訴しましたが検察は黒日新吾らを不起訴としました。しかし平成23年1月長崎検察審査会は不通訴不当を議決し再捜査するよう促したのです。この事実も大きく報道されたので警察がそれを知らない筈はありません。検察以上に私のえん罪を捏造した警察が捜査をやり直す責任があります。しかし警察は何もせず私に濡れ衣を着せた責任をとろうとしません。長崎県警を監督する警察庁等の組織に訴えても放置されたままです。これが日本国の警察の姿です。私は,警察官を約35年間勤め上げました。うち15年間は警部補でした。警察経歴の大半が外事畑であり,県警察学校でも東京の警察学校(外交官候補生を養成する外国語学校)でもトップクラスの成績で卒業しました。韓国語の上級検定試験も首席でクリアしています。平成3年韓国公館に派遣されるチャンスがありましたが母の病気のため推薦を辞退しております。私の実父も義父も警察官であったこと私は子供のころから駐在所で暮らしていた経験からも警察とは半世紀関わっておりけん銃を突きつけるなど有りえません。

 

とにかく被告土井隆はこのような私に無実の罪をなすりつけて逮捕したのでした。私はこれまで4回警察相手に国家賠償請求訴訟を提起しました。国賠裁判も黒田新吾らの刑事告訴も執行猶予中に始めており私が無実でなければそんな行動をとれる筈がありません。今回の上井隆相手の裁判は国賠ではありませんが国賠に匹敵する裁判であると 私は思っています。被告は過去にも私から国賠裁判にかけられたことがありますが時効を主張し それが認められ実質的な審理はありませんでした。警察が国民に大変な不法行為をしておいて市民の要再捜査議決も無視し私に甚大な被害を与えたまま時効でこのえん罪事件をうやむやにしようとする姿勢は到底一国民として納得出来ません。

警察がかつて同僚であつた国民に対してさえこのように酷い仕打ちをしていることを知る国民も少なくありません。

 私は平成27年7月2日 早朝たまたま早朝散歩をしていて被告と遭遇しけん銃突きつけえん罪事件のことを聞こうとしたところ頭ごなしに怒鳴りつけられたものです。

 自分がやったことに責任をとれない警察幹部はさっさと辞めてもらいたいと一納税者として思っています。

 私は被告がどのように言い訳しようと無実の罪で私に手錠をかけた事実は消しようがなくきちんと灘罪し私の人生をメチャメチャにした責任をとってもらいたいと思います。

 以上

 

=この怒りの「報道しない事件」をまとめてみると 

こういう結果です。=

別紙 1 (注:この「別紙 1」は冒頭の怒り内容と重複しています。)

被告浦上警察署長土井隆の証人尋問予定を警察記者クラブ幹事社が各社に通知しなかった経緯

 

平成28年

私は別添10月27日付「けん銃突きつけえん罪事件捏造警察幹部土井隆の証人尋問予定についてお知らせ」を作成し同日直接毎日新聞長崎支局に届け警察記者クラブ幹事社として新聞テレビ全社に通知するよう依頼していた。

 

担当記者は了解していた。

11月1日午後3時30分から午後4時30分まで1時間にわたり長崎簡易裁判所1号法廷で被告土井の証人尋問及び原告本人である私の本人尋間が行われた。私は支援者らと出廷したが傍聴席に記者がひとりもいなかった。

 

 裁判終了後私は傍聴すると言っていた某社の記者に電話し警察署長が被告で証人尋間を受けるという前代未間の裁判を何故傍聴しないのか問うた。

 

 その記者は「 え―。」と驚き幹事社から裁判予定の書類が来ていなかった旨返答した。

 

 私は幹事社毎日新聞の担当記者に電話を入れ「貴殿は私に全社に配ったと言ったのに配っていなかったではないか。」と問い詰めたところ その記者は「大阪に出張したので後輩に裁判の予定を配るよう託していました。」と返答した。

 

 その記者は私に陳謝し裁判が終わってしまってから慌てて土井の証人尋間のお知らせを報道各社に配布した次第です。  (絶句)

 

別紙

幹事社の担当記者の私に対するメール内容

 

〇 11月1日  18:05

入江様 こちらの不手際です。各社に報告し謝罪をしました。

入江さんにお詫びをしても取り返しがつきませんが 本当に申し

訳ありませんでした。

 

〇 11月1日  18:06

本当にすみませんでした。

 

〇 11月1日  19:01

   はい 今後は気を付けます。

 本当に申し訳ありませんでした。

次の期日で直接お詫びします。

 

=以上で怒りの報告・披露を終わります。

ご清覧頂きありがとうございました。=